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コラム

ダチョウ倶楽部的思考

2024年2月2日

人間って、ダチョウ倶楽部の


「押すなよ、絶対押すなよ!」

みたいなところって少なからずあるよな。。。って思うことがあります。

「頭では嫌だな」とか
「ネガティブだな」と思っているのに、
無意識で「自分自身がそれを選択している」ってことって
あるよなって思います。

「今日は飲まない、今日は飲まない」って言いながら、
毎日晩酌していたり、

「禁煙しなきゃ」と思いながら、
やっぱりタバコ吸っていたり、

「食べちゃダメだ、食べちゃダメだ」と思いながら、
ダイエット中に夜食を食べていたり。

なんか、頭では
「絶対ネガティブ」って思ってるのに、
「何でかやってしまうってこと」


ほじくり返してみると、
誰しも一つくらいは思いつくんじゃないかなという感じがします。

これって、自分の頭では
「ネガティブ」だと思っているけど、


自分が深いところでは
「やることにメリットを感じている」から
やってしまっていたりするんじゃないでしょうか。

思考だけで考えると、
どう考えても「ネガティブ要素」の方が多いのに、


なぜかやめられなかったり、
なぜかやってしまったりすることには、


「ネガティブだと思う」以上の「メリット」が存在しているからで、
その「メリット」を自分で自覚できていないケースも結構あるんじゃないかと思います。

だから「思考と行動が一致しない」動きをしていて、
摩耗してしまうということや、なんとなく自分のことをダメだなって責めてしまうことも
起こってしまうんじゃないでしょうか。

あんまり受け入れたくないかもしれませんが、


「自分がその行動をしているのも自分」で
「その行動をやめたいと思っているのも自分」で、
自分がそれを選んでやってたりするんですよね。

だからこそ、
「ネガティブ」だと思っている事象の「ポジティブな側面」について
意識を当ててみたり、


「そのネガティブに感じることのメリットってなんだろう?」とか


「それをやることのメリット」について改めて考えてみると、


今まで完全に「ネガティブ」だと思っていたことも、


「いや別にそんなに悪いことじゃないかも」とか


「だから自分はこれをやってたんだな」とか、


自分なりに腑に落ちる、
納得する「答え」のようなものを導き出すことができると、


「ネガティブなこと」「ポジティブなこと」という二極の見方から、
「まあ、そういう選択もある」とか、
「そうしてもいいし、しなくても良い」みたいに
「真ん中」というか「中庸」に近い感じ方に変化していって、
自分の意思と行動が一致するような選択ができるようになるんじゃないかなという感じがします。

こういう「ネガティブに思っている、ついやってしまうこと」には
意外とエネルギーが溜まっていることもあるので、
気がついてそれを発見できたら、時には
「メリット」や「ポジティブな側面」について
考えてみるのもいいかもしれないですね^^

そして、何かしら動いて(意識や行動の変化など)
ポジティブに触れたら、ネガティブに触れ戻したりもするので、
ある意味、振り子のように陰陽をいったりきたりしながら、
柳のように揺れながら、自分の中心を知りながら
変化して進んでいくんじゃないかなと思います^^

(ポジティブやネガティブの揺れることも、器を広げたり、
自分のちょうどよい中心を知ったり、心も外側も成長、進化したりするために起っているんじゃないでしょうか)