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コラム

オムレツとポジション

2026年2月13日

こんにちは。

 

昨日は、ふと、

オムレツとシーザーサラダが、急になんとなく食べたくなってきたので、

晩御飯に、ひき肉入りのオムレツと、ベーコンとしめじを炒めたペペロンチーノ風のシーザーサラダを作ってみました^^

 

(息子もひき肉料理が大好きで、「うまっ、うまっ」と誰よりもたくさん食べてましたw)

 

自分の中の

「なんとなくをやってあげる」って

すごく大事な気がしていて

やったあとの「成仏された感」と「満たされた感」は

なかななか格別で個人的には、結構おすすめでございます。^^

(自分との信頼関係の積み重ねにもよきかと思います)

 

(ちょっと興味がある方や気になった方は、よろしければ、

大なり小なり「自分の中のなんとなく」とか「ふと」思いついたことを、

お試し感覚で、自分にやってみてあげてくださいませw)

 

 

今日は、

ポジションについて

ちょっとお話ししてみたいと思います。

 

時々、「この人、なんでいつも被害者ポジションなんだろう?」

って思うような人を見かけたりすることはありませんか?

 

何かあるたびに

「どうせ私なんて、、」

「私ばっかり損してる。。」

「あの人はいいよね、、」

みたいに、被害者ポジションに入ってしまうような、

 

 

実はそれ、

もしかしたら

大人の愛着障害のようなものが関係しているのかもしれません。

 

 

愛着障害とは、

心の深いところで 「自分は本当は愛されない」と思っている状態で、

多くの場合、 幼い頃の親(それに近しい人とか)との関係の中で、

その前提が作られたりします。

 

 

十分に愛されなかったというより、

「安心が安定していなかった」体験が、心に残っていることが多かったりします。

 

だから、大人になっても、

「ちゃんと大事にされているか」

を何度も確認したくなります。

そして、 被害者ポジションに入ると、

周りは必要以上に気を遣うこともあったりします。

 

 

必要以上な声をかけたり、 心配したり、 フォローしたりすると、

(その行為自体は悪いわけではないですが)

それが一瞬、安心(短期的な)になることもあります。

 

 

でもその間、 自分の人生は止まってしまうことがあります。

 

前に進んでいるつもりでも、

ずっと同じ場所を(ループのように)回っていたりします。

 

じゃあ、該当してそうな時は

どうすればいいのかということなのですが。

 

第一歩として

「私は愛されていない気がしている」 と、

ただ「気づくこと」です。

 

(前提や無意識の思い込みに気づくこと)

そういう自分を受け入れるのって

ちょっとしんどいし、あんまり見たくないし、辛いかもしれませんが、

ただ、 「ああ、私はそう感じているんだな」 と

少し「俯瞰」して、自分を見て下さい。

 

 

(自分を客観視することや、視点の次元を変えたり、あまりジャッジをせずにフラットに見たりするのがポイントです)

(また他には、ジャーナリングなどで、ノートとかに日々の感じたことや頭に浮かんだ思考などを書くことで、

自分の感情や思考を客観視して、自分の思考のパターンや癖を気づくこともいいかもしれません)

その事象自体に、良いも悪いもなかったりします。

 

 

大事なのは、

俯瞰して、気づいてあげる、認識してあげる。

それが「受け入れる」ということです。 (受け止めるでも)

 

 

そして、

それに気づき、受け入れられた(認識した)瞬間から、

被害者ポジション(振り回される側)ではなく、

「自分の人生を選ぶ側」に戻っていくのではないでしょうか。

 

 

(自分の人生の主導権を取り戻し、本来の力を取り戻す感じ)

(特に無理はする必要はないのですが、

もしかしたら向き合うタイミングやエネルギーの統合のタイミングが来ている時は、すでに色んなサインや前兆が共に来ていたりもするしれませんね)