コラム
2026年3月18日

こんばんは。
清家です。
夜分失礼します。
今日は、ちょっとサッカーの試合の
ナイター戦を観戦しに行ってきました^^
ちょっと個人的に色々と感じることもあったので
内容はまた追ってお話ししたいと思いますw
今日は、ちょっと短めのメッセージになります。
今まで過去を振り返った時に
「ちゃんとしなきゃ」
「期待に応えなきゃ」
「役に立たなきゃ」 と思いながら、
頑張ってきた経験ってありますでしょうか。
本当は少し疲れていたりしても
本当はちょっと違和感があっても、
それよりも、無意識にも
「正しくあること」や
「周りから求められる自分でいること」を優先して
なんとなく自分の気持ちを後回しにしてたかも。
そんな経験がある方もいらっしゃるかもしれません。
でも、もしかすると
心の奥の奥のどこかでずっと、
「そのままの自分でいいって、言ってほしかった」
「ただ存在しているだけで、認めてほしかった」
密かにそんな想いもあったのかもしれません。
例えば、
ちょっとイメージしてみていただきたいんですけど、
まだ、小さな子どもが
ただそこに座っているだけで、
誰かが
「かわいいね」
「いてくれてありがとう」
そうやって微笑みかけている光景があったとします。
その子は、
何かを達成したわけでも
分かりやすく何かの役に立ったわけでもなく
ただ、そこにいるだけなんです。
それでも、
その子(その存在)はちゃんと受け取られていて大切にされています。
本当は、僕たちも同じだったりするのかもしれません。
でも、
だんだん大人になるにつれて
「何かできたら、認められる」
「価値を出さなきゃ、意味がない」
そんなルール(縛り)を
いつの間にか気付かないうちに、
自分の中に作ってしまっていることがあります。
ある意味
「ずっと満点を取らないと
存在してはいけないテスト」
(ちょっとした無理ゲー感があるような汗)
を受け続けているみたいな感じかもしれません。
でも、本当は
そのテスト自体、受けなくていいものかもしれません。
うまくできない日があっても
何も成し遂げていない日があっても
ただ今日をここにいるってだけで
もう十分なんですよね。
そして、
感じていることも、思っていることも全部、
自分の大切な一部だったりします。
「こんなこと思っちゃダメかな」
「こんなこと言ったら嫌われるかな」
そうやって抑えてきた気持ちも
本当はちゃんと受け取ってあげていいものです。
感情って
ある意味、ダメなものを知らせる「警報」(サイレン)ではなくて
本当は 「ここに気づいてほしいよ」って
教えてくれる「ナビゲーション」のようなものだったりします。
もしよければ、
今日は少しだけ寝る前にでも
自分に優しくする時間を作ってみてください。
誰かにかけるような言葉を
そのまま自分にもかけてあげる感じで、 (こっそりでいいので)
「今日もよくやってるよ」
「それで大丈夫だよ」
「そのままでいいよ」
「いつも頑張ってくれてありがとう」
って言ってみてあげてください。
人は、 誰かに優しくされた分だけ
自分にも優しくできるようになります。
そして、自分に優しくした分だけ
周りや他人にも優しくできるようになります。
優しさは、
自分の内側からも育てていけるものだからです。
今日ここから自分で自分に、それを与えていくこともできます。
最近、ちょっと振り返った見た時に
自分の気持ちをちゃんと聞いてあげれてそうな感じですか?
もしよかったら
「どうあるべきか」ではなく「本当はどうしたいか」
その小さな声を少しずつでいいので、大切にしてあげてくださいね。^^
(ご興味ある方は、自分への優しさポイントをちょっとずつでも加点していくゲーム感覚で(ポイ活的に)やるのもいいかもしれません^^w
それだけでも心の中の何かが、少しずつほどけていったりするんだと思います)
今日も、最後までお読みいただきありがとうございました^^