コラム
2025年10月26日
こんばんは。
清家です。
今日は、辰の日と呼ばれている日だったりします。
「辰の日」とは、
十二支の「辰」にあたる日のことで、
この日は、金運や仕事運アップ、
新しいことを始めるのに良い日とされており、
龍神さまを祀る神社への参拝や、
貯金・投資などの金融行動が吉とされているようです。
というのは後付けなのですが、、w
今日は娘の誕生日でもあって
久々に家族みんなで縁のある神社仏閣に
お出かけしてきました^^
僕的には、
家族みんなで出かけられたってだけで
すごく嬉しかったのです^^(家族のお出かけは不思議とテンションがあがりますw)
で、
ここから僕の私観になるので
あまり神社仏閣に興味がない方は
この辺でそっ閉じしておいてくださいませ〜。w
最近、以前から好きな神社仏閣に参拝させていただくのですが、
なんとなく参拝している方も増えて
外国から観光に来られる方も増えて
満員御礼でそれはそれで活気があって
すごく喜ばしいことだったりします。
でもその反面、
聖域だった場所のエネルギー感が
ほんの少し薄くなっていたり
なんとなく祈りの場から観光施設に変容しているのが
時代の流れなのか少し寂しくもあるな〜って感じました。
「祈りの場」って、すごく大切だなと
個人的にはすごく思うところもあるのですが、
資本主義の流れだったり、
神社仏閣の維持管理のことを考えると
参拝する人口が増えるということが
マイナスよりもプラスに働く側面が多いから
今の状態になっているのかもしれません。
突き詰めていくとやっぱり
その存在の「在り方」というところに
焦点が当たってくるんでしょうね。
個人的な視点ですが、
神社仏閣は
「誰にでも開かれた祈りの場」を提供してくれる場所だったり
「それができる環境」を地域住民や大切に思っている方々含めて
みんなで作っていく場所であって欲しいな〜と
勝手に感じていたりします。
ただ、そのバランスを取ることが
難しいというのが課題なのかもしれません。
参拝客が増えることで活気が増すし、
神社仏閣を維持する力につながります。
でも、そこに来る人が増えることで
神聖さが失われるかもしれないという側面もあったりします。
長い歴史の中で、信仰はいつも
大衆に寄せたり、神聖なものになったりと
常にそのバランスを取りながら
今まで存続されてきたもので、
いつも結構やじろべいみたいに
危ういバランスで成り立っているものなのかな〜とも思ったりしました。
面白いことに
「神仏」の部分と
「人間」が混ざり合って生まれている場所が
神社でありお寺であったりしますよね。
神聖な場所でもあり
時代時代による
「人間の思想」も反映される場所であり
人間と神仏の共存って
めちゃくちゃ奥深いな〜って感じました。
全てには歴史があって、時代ごとの背景を知ると
また見え方も違ってきたりするので、
機会がありましたら、そんな話もいつかしてみたいなと思います^^