コラム
2026年3月17日

こんばんは。
清家です。
最近、
ベトナムの麺「フォー」(米粉の麺)にハマっていて
3日に1回くらいの頻度で、登場しています。。w
担々麺風にしたり、
和風のきしめん風にしたり
いろんなバリエーションはあるのですが、
透明な鶏スープのフォーが、なんだかんだ一番王道で
鬼リピートしております。w
これまでアジア料理は、
ちょっと苦手かな〜と思っていたのですが、
最近、生春巻きだったり、フォーだったりと
急にアジアに目覚めつつあります。w
ちなみに、
僕は、パクチー(香草)が苦手なのですが、
(チャレンジはしましたがやっぱりダメでした。。汗)
パクチーほど好き嫌いが
はっきり分かれる食べ物って結構珍しい気もします。
初めて食べた時に「絶対無理、、」ってなった人もいれば
「なんでこんなに美味しいの?」ってハマる人もいたり、
こんな風に
食べられるか、食べれないかが結構別れていて、
なんていうか
「好き」と「嫌い」の中間があんまりなさそうですよね。
そういう存在って
結構レアですよね。w
好きな人には、好かれて、
嫌いな人には、嫌われる生き方って
なんとなく怖いような、
ちょっと勇気がいるような、
そんなイメージもあるかもしれないですよね。
でも、
パクチーみたいな存在を見ているとw
それって、実は
すごく自然なことなのかもしれないな〜
なんて思ったりします。
というのも、
あれだけはっきり好き嫌いが分かれるのに、
好きな人にとっては
「むしろあれがないと物足りない」
くらいの存在になっていたりしますよね。w
つまり、
全員に好かれることはないけど、
ハマる人には、めちゃくちゃハマる。
そして、それくらいのほうが
意外と自然なのかもしれません。
これって、
人も同じなのかもしれないなと感じます。
逆に、
誰にでも食べやすい味を目指しすぎると
たしかに嫌われることは減るけど、
「めちゃくちゃ好き!」
って言われることも
少なくなってしまうのかもしれません。
そう考えると、
「嫌われないようにする」
よりも
「どんな人に好かれたいか」
「どんな人と一緒にいる方が本来の自分らしいのか」
などを大事にするほうが、
結果的に
心地よい人間関係につながっていくのではないでしょうか。
とはいえ、
嫌われると、やっぱりちょっと痛い時もありますよね。
否定されたような気がしたり
自分の価値が揺らぐ感じがしたり。
これも、すごく自然なことで、
人はどうしても
集団から外れることに対して
不安を感じるようにできているので、
「嫌われたかも、、、」
って思うと、
心がざわっとするのも無理はないと思います。
でも、
少しだけ見方を変えてみると
それって
「うまくいっていない」
というよりは
「ちゃんと選ばれているし、選んでいる」
という状態なのかもしれません。
自分の輪郭が、はっきりしてくるほど、
合う人は自然と近くに残って、
合わない人は自然と離れていく。
そしておそらく、
そうやって残った関係のほうが
無理がなくて、
じんわり心地よかったりするんですよね。
パクチーみたいに、
「好きな人は、めちゃくちゃ好き」
そんな存在も、
案外アリなのかもしれませんね。
なんてことを、
最近、フォーを食べながら思っていますw
(よろしければ、時には
自分はどんな人に「好き」と言われたいかな?
って考えてみるのもいいかもですね。)
ではでは、今日はこのへんで^^