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コラム

陰に眠るギフト

2026年2月25日

こんばんは。

奥さんと話していて、

最近、イラっとした話になったんですよね。

そうしたら奥さんが

「時々、ウェブでのミーティングとかであるんだけどさ。。。

進行「それでは、最後に何かある方いらっしゃいますか?」

全員「・・・・・・」

進行「では、この辺りで終わりにしたいと思います(よしっ!)」

全員「・・・・・・・・・(よっしゃ!これで終わる!!退出ボタン準備!)」

??「あ、すみません。ちょっといいですか???」

全員「????えっ???!!!」

みたいなやつ。あれ、何???あれ、マジでなんなん??」

と言ってて、

多分あるあるなんだろうな。。。w と思ったりしましたw

今日は、ちょっと心理学における

「シャドウ(影)」

ということについてお話ししてみたいと思います。

これはスイスの心理学者

カール・グスタフ・ユング氏が提唱した概念なのですが、

簡単に言うと、

自分の中で「なかったこと」にしている部分

のことです。

例えば、

「見たくない」

「認めたくない」

「こんな自分はダメだと思っている」

そのように

「無意識の奥に押し込めている側面」

(もう一人の自分、抑圧している要素や感情)

それが「シャドウ」と呼ばれていたりします。

でも不思議なことに、

そのシャドウはある形で

自分たちの前に現れることがあります。

それが

「他人」です。

「なぜか無性にイライラする人」

「なぜかザワッとする言動」

「どうしても許せないタイプ」

それはもしかしたら、

自分の中に押し込めた

「同じエネルギー」に

反応しているのかもしれません。

例えば、

「図々しい人」を見るとイライラしてしまう。

でもその奥には

「本当は、もっと堂々としたい」

という自分がいるのかもしれません。

「ウジウジしている人」が嫌い。

でもその奥には

「本当は、もっと慎重に考えたい」

という自分がいるのかもしれません。

「利己的な人」が許せない。

でもその奥には

「本当は、もっと自分を優先したい」

という自分がいるのかもしれません。

一見、光や輝いている部分は、良いけれど

陰や見せたくない部分は、ダメで良くないと感じてしまうこともあるかもしれません。

でも、もしかすると、

その陰には、素敵な宝物が眠っているのかもしれません。

シャドウは「闇」ではなく

「まだ未使用のエネルギー」(抑圧された力)なんじゃないでしょうか。

「陰」と「陽」は、分離できません。

押さえ込んだ「陰」があると、

「陽」もどこか不自然になります。

でも、

「陰を受け入れる」と

エネルギーは統合されていきます。

時に、

「図々しさ」は、→ 「パワフルさ」に

「優柔不断さ」は、→ 「思慮深さ」に

「利己性」は、→ 「自分軸」に

「自己犠牲」は、→ 「深い愛」に

「短所と長所」は、

コインのように表裏一体で

ただの「見る角度の違い」だったりするのではないでしょうか。

なので

もし誰かを見て

自分の中の何かが、強く反応したときは

こう問いかけてみるのもいいかもしれません。

「これは、自分の中のどんなエネルギーが反応しているのだろう?」

「自分に、何を気付かせたいのだろう?」

そして、そのような問いや意識を通して

反応をスルーしたり、

否定する前に

ほんの少しだけでもいいので

「自分に矢印を向けてみる」こと。

すると、

その「許せない」(敵)は

「まだ使っていない力」(味方)に変わるかもしれません。

シャドウ(影)は

自分を邪魔する存在ではなく

これから進みたい場所へ行くための

「封印された推進力」

(次のフェーズへ必要な、強力なエネルギー源)

なのではないでしょうか。

嫌な人は、

(他人に投影している嫌な部分)

もしかしたら

自分の中に眠る「魅力やギフト」を

教えにきてくれている存在のかもしれませんね。