コラム
2026年2月24日
こんばんは。
息子は、サッカースクールに通っており
無類のサッカーが大好き少年なのですが、
今日、奥さんが息子を、
JリーグのナイターゲームのJ1観戦に誘っていました。
僕も奥さんも、
息子はきっと絶対行きたがるよな〜と
ちょっとワクテカする姿を想像していたのですが、、
息子からは
「え〜、平日でしょ??僕8時半には寝たいんだけど、
それに、次の日、学校の勉強もあるからちょっと無理。。」
というまさかの答えが返ってきて
観戦を楽しみにしていた奥さんは、
意気消沈していました。。。w
サッカー好きだから、喜ぶかなと思っていたのですが
意外にも冷静に、お断りされてしまいましたw
息子くらいの年齢(10歳くらい)になってくると
自分が「こうしたい」っていう意思が
結構確立されているんだな〜と
改めて「心の成長」を感じたりしました。^^
(奥さんは「え〜、ちょっとくらい夜更かししても大丈夫でしょ!
1日くらい勉強しなくても良くない??」と相変わらずなことを言ってましたが、、w
僕は、息子の意見を尊重してあげたいなと思います^^w)
僕としては、
子供ながらに「自分の意思」がはっきりしてるって
素晴らしいことだな〜と感じていたりします。
大人になると、ケースバイケースはありますが
「本当はこうしたいけれど、全体を考えるとなんとなくこっちの方がいいのかな。。。」
みたいに、
いろんなところに忖度が生じたりしますよね。
(陰陽あったり好みもあるので、それによる恩恵ももちろん沢山あります)
そういう色んなことによって
「本当はこうしたい」という最初に出てきた「自分の意見」って
なんとなく黙殺されてしまうんだと思います。
だからこそ、個人的には
「自分はこう思ってる」という「純粋な意思」って
もっと尊重してあげた方がいいんだろうなと感じたりしています。
今日は、そんなこともあって
少しそのことにも触れてみたいと思います。
その「自分の内側の意思を大事にする」とか
「尊重してあげる」とは
色々なケースはあるとは思いますが、
それはもしかしたら、
自分の中にいる
「子供のような声」を
大事にすることや、尊重してあげることかもしれません。
「本当は、やりたいこと」
「本当は、嫌だったこと」
「本当は、言いたかったこと」
でも、
自分たちは大人になる過程で
「ちゃんとしなさい」
「迷惑をかけないように」
「我慢も大事」
そんな言葉とともに、
無意識に、そんな声を少しずつ自分の奥にしまってくることがあります。
その結果、
なぜか満たされない感じがあったり、
特別な問題があるわけじゃないのに、
どこか疲れていたり
なぜか自信が持てなかったり
なぜかいつも大事にされないと感じることもあります。
エネルギーは本来、
「感じて → 表現して → 行動する」
という流れで循環します。
でも、
「感じて → 抑えて → 無視する」
これが続くと、エネルギーは滞ります。
(理由はないのにイライラしたり、急にやる気が落ちたり、
悲しくなったり、人に優しくできなくなったりすることもあります)
だからこそ、
内側の子どもの声を
大人の自分が拾ってあげることは、
「自分との関係を修復する行為」(自分と仲良くすること)でもあります。
ただし大事なのは、
その声を無理やり「全部そのまま叶える」
ことでもなかったりもします
「衝動的な子ども」(内側)と、
「現実を生きる大人」(外側)
対立したり、主従関係ではなく、
「対話するイメージ」を持つことです。
例えば、
「その気持ちはわかるよ」と共感したり
「じゃあ、今日はここまでやってみようか」と一緒に歩む感じで提案したり
このようなやり取りができるようになると、
自分との関係はやわらかく良好になっていきます。
(あくまでイメージですので、対話は自分がやりやすいスタイルでいいかと思います)
そして、
それを繰り返すことで
内側と外側のズレがだんだん無くなってきて
「一致感」が生まれてきます。
無理していないのに、エネルギーがあったり、
頑張っていないのに、その人らしく自然体だったり。
それは、
「内側と外側が同じ方向」
を向いている状態でもあり
「自己一致」にも近い状態なのかもしれません。
ご興味ある方は
お時間がある時にでも、
「もし、その自分の内側の子どもの声を
ひとつだけ優先してあげるとしたら、
それは何だろう?」
とご自身に問いをしてみてるのもいいかもしれません。
小さくても、ほんの些細なことからでもいいと思います。
例えば、
「本当は、今やりたくないことを一つ断る」
「本当は、着たい服を着る」
「言いたかったことを、少しだけ言う」とか
その「小さな採用」が、
自分の中の純粋さ、創造性、可能性を解放していくことに繋がり
自分のエネルギー循環を変えていくのではないでしょうか。
よかったら、ふと気づいた時にでも
ほんの少しだけでもいいので
その「内側の小さな声」を採用してみてあげるのもいいかもしれませんね。